ファームトミタ ラベンダー 北海道
この丘が最後に残ったラベンダー畑
富良野は北海道でも豪雪地帯なので、今は深い雪のなかです。
自分が北海道に移住して 以前の記事で
北海道の風景が日常になり
感動が薄くなってきていると書きましたが、
ファームトミタのラベンダー畑だけは得別で
一番美しい7月上旬には(自分も農繁期なのですが)、毎年必ず行きます。
なんでかなーと今考えながら入力しているんですが、、、、、
食欲「食べたい」、睡眠欲「眠りたい」と同じで
我慢できないこと
ただただ「ラベンダー畑が観たい・行きたい」欲なのかな。
園内に歩いている人は、老若男女、日本人、外国人みな楽しそう
空気感もいいんです。みんな幸せ笑顔です。
トミタファームラベンダー畑は入場も駐車場も無料なんです。
さらに素晴らしい風景に、心もおさいふも開放的になっていくんでしょうね。
生産性効率も大切ですが、人に喜んでもらうことが一番大切です
ここで
富良野ラベンダーの簡単歴史
富良野のラベンダーは戦後復興の時期
都会の人々が生活にも若干ながらゆとりがでて
香料会社がラベンダーで香水を作ろうと
涼しい気候でラベンダー栽培に合う北海道の中で特に条件にあっ、
富良野で大々的に始まりました。
最初は札幌郊外でスタートしましたが、うまくいかなかったようです。
その当時 富良野一帯は250戸がラベンダーを栽培し
今の日比較にならないほど畑で咲いていたそうです。
しかし昭和40年中頃から輸入自由化により安価なラベンダーが輸入され
価格が暴落しラベンダーを辞める農家が増えてきました。
生活できませんから仕方ないです。
富田忠雄さんの農場でもラベンダー畑をつぶして、他の作物に転作しようと畑をつぶしていましたが、最後の10アール300坪を(最盛期は12ヘクタール42000坪)どうしてもつぶすことができず ほそぼそと栽培していました。
周りの農家からみれば単なる変わりですね、、、
ただ売り先もなく 一円にもなりませんが、
しっかりと雑草を抜いたり 冬の寒さ(マイナス20℃、豪雪)に負けないように
作業しないとそのまま枯れてしまうので
忙しい農作業の合間に管理していたので大変だったと思います。
それから数年後「JR(国鉄)のポスター」や「北の国から」の放映によって有名にはなりますが、生活のたしにはならず
たまに訪れる写真家や観光客に家の庭先でラベンダーの香り袋を買ってもらい
徐々に徐々に今の農場になりました。
ラベンダーアイス
今では夏の時期 日本中からアルバイトの方がきますし、
富良野 北海道観光の超目玉になっています。
数年前富田忠雄さんが偶然園内を歩いており、一緒に写真お願いしました。
今でも大切にしています。
その冨田忠雄さんも昨年7月上旬
ちょうどラベンダーがきれいな時期に83歳でこの世を去りました。
富田忠雄さん人生を見ていると
一気にやろうとせず、毎日階段一段ずつ上がるように
生きていけばいいんだなと自分なりに解釈しています。
そんなカフェが目標です。